させんバンカーの 独り言

ある日、突然左遷された元銀行員の日常

記憶に残る不良債権2

新規開業の旅館業B社。

眺望の良い高台にインバウンドを見こんだ大規模ホテルを建てる新規開業を計画。土地建物併せて二ケタ億円の大口案件です。

建設計画地の田舎町の地公体の補助金申請も予定し、地元活性化を目論む地公体、地元銀行他も巻き込んだ、一大イベント的計画でした。まだ法人は設立していなかったものの、経営陣候補の三名は、中国旅行会社から旅客送達を得意とする旅行業者の社員で、自身の長い海外生活の経験と人脈から、新規事業への中国からの送客受け入れに大きな自負を持った人物を中心に、観光客向け商品調達ルートを持つ地元小売店の経営者と、複数人に及ぶ地権者の代表者で構成されていました。

銀行に打診があった段階で、既に地公体3役と地元銀行経営陣、銀行支店長等、それぞれの組織の決裁権限者たちの会話で新規事業への融資話が進んでいく危険な状態となっていました。

そうした上層部で動く話は、そこに実務担当者の正常な与信判断や状況判断等が介在する余地は幾ばくも残らず、ただ「やることありき」で「融資審査の理屈や手続きは後付け」になっていく可能性が高いのです。現場では誰も自己中心的な決裁権限者、人事権者に逆らうことはできません。

地公体、地元銀行、外様銀行が絡み合いながら、計画はどんどん進んでいき、まずは土地購入と整地工事資金が必要になります。地元銀行取引との協調融資で、外様銀行地元銀行が3対2の割合で融資実行。担保は融資対象物件である取得後の土地とその上に建設予定のホテル建物です。融資実行時はまだ他人の土地なので、売買契約締結し代金決済後、所有権移転登記と同時に担保権設定することになります。

融資実行後、土地代金を払って移転登記、担保権設定する段階になってとんでもないことが発覚します。元々山林だった土地を切り開き山林伐採し切り土、盛り土して整地する予定で進んでいたのですが、山林は権利者が細かく多数に別れ入り組んだ地形となっている場合が多く、本件もそういう状態だったのですが、広大な土地の所々に買収が終わっていない狭い土地が散在していることが判ったのです。何枚にも別れた構図を切り貼りして作成した事業計画地全体の公図を細かく確認したはずですが、紛れ込んでいました。本来、事業計画の当事者である新設会社が司法書士等の専門家を使って慎重に確認し売買契約をすべき話ですが、経営者三人とも他人事のような、まるで第三者がやってくれているような当事者能力を疑うような無責任な反応です。同時並行で進めていた整地作業は一時ストップしました。

経営者たちで買収できていない土地の買収交渉を進めることになりましたが、暫く待っても交渉は進みません。交渉は難航しましたが、徐々に進んでいきました。

ここで、更に問題が発生します。整地工事を請け負っていた工事業者が倒産したのです。整地工事資金の手付金と鋼材等の原材料代は工事業者に支払済みで、工事が途中ストップしたままなので支払額に応じた工事出来高になっていない状態です。

土地の買収も完了せず、整地工事業者が倒産し工事も進めることができず、計画は全く動かなくなってしまいました。

こうした状況が続く中、経営者たちの生活資金が底をつきはじめます。これまで在籍していた会社を辞め、あるいはやっていた事業を辞め、この新規事業の準備を進めていた為に事業停止がが想定外に長く動かなくなってしまい生活資金が枯渇してしまったのです。それぞれアルバイト等でかろうじて生活していますが、精神的肉体的に疲労が蓄積し徐々にモチベーションが低下していき事業意欲が薄れてきたようです。ついに、役員を辞め、事業撤退したいと申し出て来ました。

全国展開の銀行の立場からは、元々、地元地公体と地元銀行が深く関与して進めてきた事業なので、その両者に事業を継続できるよう、現在の経営者を支援するか別の然るべき人や会社に経営者、経営権を譲渡するか、対策を取るよう働きかけました。両者ともこの事業から逃れることはできないので善処するとの回答がありました。

が、やはり事業はしばらく進みません。そうしているうちに、地域外の外様銀行にもこの事業計画の実態が徐々に判明して来ました。

①この事業計画への融資を持ち掛けてきた地元銀行の役員の配偶者や親戚が、事業用地の地権者であったこと。

②その人物は地元の名士の家系で地元経済界有力者。そしてその人物の親戚が、整地工事を請け負っていた倒産した工事業者の経営者であったこと。そしてその妻がその工事業者に役員を兼務していたこと。

すなわち、この事業計画自体、この地域の名士の家系である地元銀行役員一族に対する、地元地公体と地元銀行の忖度により進められてきたデキレースではなかったのか。地元銀行役員の一族にとってみれば、地公体の補助金を利用して業況が厳しく資金繰りに窮していた地元銀行役員の親戚の工事業者を支援するため、そして地元銀行役員一族が所有する山林を売り抜くため、地公体と地元銀行にとってみれば観光客呼び込み、インバウンド効果等々による地元活性化に繋がるという大義名分に乗り、融資実績及び地公体と銀行との官民協調支援の成功事例と実績作りのため、それぞれがそれぞれのメリットを享受するため、地元の地域経済の歴史に根付いた奥深い人間関係を全く理解できていない外様の銀行を引き込んでホテル新築開業の一大事業計画を作り上げたのではなかったのか。

ただ、彼らの大きな誤算かつ致命的失敗は、地権者が想定以上に入り組んで複雑であった為事業計画が大幅に遅延してしまったこと、工事業者の資金繰りが想定以上に厳しく地権者問題で工事が停滞してしまった間に耐え切れず破綻してしまったこと、そしてこの事業を進める新設会社の経営者に旅館経営の素人を当て込んだものの、開業が大幅に遅れ経営者たちの生活資金が枯渇し経営意欲を喪失し事業計画から退場を余儀なくされたことでした。

こうして最初からケチのついた事業はずっとケチが付き続ける例え通りに大きく躓き続けた事業計画も、時間をかけ、地権者の調整を付けて残りの土地を買収し、並行的に地元地公体と地元銀行の伝手で新たに破綻工事業者の後を引き継いで工事を請け負う工事業者を探し出し整地工事を進め、また新たな経営陣を他社から引き抜いてはめ込み、ようやく建物建設に取り掛かかるまでに数年を要し、銀行融資は建物を建てる前に長期延滞債権となっていました。

その後、この事業計画は、不良債権にありがちな、予想外に様々な人種が絡むセンシティブな事案となり、結果的に銀行主導のもとこの事業用土地は融資金額とは程遠い低価格で第三者に売却されることになりました。銀行は土地融資の大部分を不良債権として処理することで幕引きをはかったのです。現在、この土地上には全く別の事業者がインバウンド向け観光ホテルを建て営業を続けています。結局、この事業で銀行はカネを失い、そのカネで笑ったのは地権者たちと、整地された土地を低価格で買収した事業者でした。銀行員として様々な教訓と、様々な人間模様を直視した辛い案件となりました。